ヤマハ発動機、同社オフロードマシン開拓史の最終・第7節「次代を見据えた独創チャレンジ」を公開


ヤマハ発動機株式会社(本社:静岡県磐田市、社長:柳弘之、以下、ヤマハ発動機)は、1968年にリリースした「DT-1」以降の同社製オフロードマシン開拓史を、先より複数回に分けて綴ってきた。そして今回、その最終章・第7節となる「-“Off-road Mania”-次代を見据えた独創チャレンジ」を公開した。

ヤマハ発動機として初のオフロードモデルとなった「DT-1」は、1967年10月、当時のヤマハの米国での販売会社、YIC(ヤマハインターナショナルコーポレーション)のディーラーミーティングで初披露された。

このモデルは、ヤマハ発動機初の本格オフロードモデルというだけでなく、世界のモーターサイクルシーンに“トレール”という新しいジャンルを提唱。そのスリムなモデルは、日米で空前のオフロードブームを引き起こした。

そんなヤマハ発動機が綴るこの物語の「第一章」は、1960年代の米国西海岸地帯に始まる。

そこでは広大な荒野でオフロードランを楽しむマニアが増えていた。特にカリフォルニア州ロサンゼルスに於いては、晴天時に稜線から臨めるサドルバック(Saddleback)が人気のエリアで、そこをバイクで走る若者達が大勢居た。

ただ1967年当時のアメリカに於けるヤマハ発動機製オフロードマシンは「YDS3C」というスクランブラーモデル。名前こそ“トレールマスター”であったものの、既存のオンロードモデルをベースとしたもので、本格的な“トレールモデル”ではなかった。

そこで米国の販売会社YICは、トレールモデルに将来性があると見て、「エンジンは250cc。モトクロスだけでなくトライアル的要素も兼ね備えること。公道でも獣道でも走れるもの」というコンセプトに沿って、(1)車重は100kg以下、(2)狭い山道を走行するため、車幅はできるだけスリムに、(3)エンジントルクは可能な限り大きくすると云う条件から「DT-1」が誕生した。

 

今回は、「DT-1」以来育んできた製品作りのスピリットを語っている。具体的にはアメリカで撮影した動画や画像を織り込んで、需要創造へ向けた普及活動と、従来のオフロードマーケットになかった製品に取り組むチャレンジスピリッツの歴史を綴っている。

<タイトル>
“Off-road Mania” – Pioneering Bikes for the Dirt –
第7節「次代を見据えた独創チャレンジ」
<URL>
 

オフロードマニア 第1節から7節までの構成
 

第1節:YZ250FX、WR250Fという結晶(公開済み)
 

第2節:DT1誕生 (公開済み)
 

第3節:モノクロスサスペンション誕生の軌跡(公開済み)

第4節:もうひとつの記号“テネレ”(公開済み)
 

第5節:4ストモトクロッサーの衝撃(公開済み)
 

第6節:情熱が生んだオフプレジャーラインナップ(公開済み)
 

第7節:時代を見据えた独創チャレンジ(公開)
 

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